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2012年11月

ひとりスカイツリー

 

 日本臨床外科学会での発表が終わり、新宿から渋谷、半蔵門線にのり、東京スカイツリーに一人で行きました。平日にもかかわらず家族連れ、お年寄り、カップルとかなりの人でごった返していました。ちょうどテレビの収録があっていましたが、あまりの多さに30分ほどでおりました(エレベーターを待っている時間がほとんど)。

 

ショップも充実していて、お土産をたくさん買って帰りました。

 

学会では、かなり刺激を受けました。腹腔鏡の手術が全盛で、ありとあらゆる手術を腹腔鏡でトライされていました。施設の制約もありますが、やはり積極的に新しい技術を導入する必要があると感じました。

 

また、あすからいつもの日常が始まります。こうした学会出張はほんとに「非日常」です。

 

明日から東京です

日本臨床外科学会で参加・発表のため、明日から東京に出張です。

発表が終わると、気ままに情報収集ですが、そのあとは夕方から東京スカイツリーをネット予約しておりますので、一人で登ってみることにしました。

東京の新しい観光スポットですので、チェックしておこうと思います。もちろん学会ではきちんと勉強します。

意外と何もできないものです

先日、プライベートで旅館の温泉に入ろうと脱衣所にいったところ、金髪の若い男性が服を着たまま、男風呂の浴槽をのぞいていました。どうしたんだろうと思いしばらく後ろから眺めていました。急にそのまま浴槽のほうに走っていき、つかったまま意識のない老人に駆け寄って声をかけていました。

みるとその老人は呼名に反応せず、意識はありませんで、手足も動きません。

「これはまずい」と思い、わたしもかけより湯船から引き揚げ、タイルの上に寝かせてバイタルをチェックしました。心拍、脈拍はしっかりありましたが、呼吸が微弱。呼びかけや刺激にも全く反応がありませんでしたので、脳出血を疑いました。

息子らしきその金髪の男性に状況を聞こうと思いましたが、日本語が通じません。韓国人とのことでした。英会話は何とかできるようでしたので、英語で話そうとしましたが、うまく会話ができません。日ごろの勉強不足を嘆きました。

さらに救急車が来るまでの間、脈を診、瞳孔を確認、たたいて刺激しするくらいで何もできません。ようやく救急車が来ようかというときに、刺激に反応を見せ、呼名反応するようになりました。

翌朝、朝食会場で元気にパクパク朝ごはんを食べていたそのご老人を見かけました。単にのぼせただけだったようです。

適切な処置ができていたのかわかりませんが、こんな時医師は非常に無力なもんです。おまけに英会話もいいたいことが言えずもどかしい思いをしました。

よくテレビでいざというときに活躍するかっこいい医師の姿が見られますが、何も道具の持たない丸裸な医師はほとんど役に立たないようです。私だけかもしれませんが.....。

DNR(DNAR)という言葉

最近、医療現場、特にがんを扱う現場でよくつかわれる言葉にDNR(DNAR)というものがあります。両方とも「もしも心肺停止になったときに蘇生術をするかどうか」との問いに「自然のままで何も処置を行わない」とご家族と協定を結ぶことを意味します

DNRは入院中に予期できない心肺停止のとき、また、DNARは癌の末期でいよいよ命が尽きるときという意味合いがあるようですが、我々癌を扱う終末期医療の現場ではこのDNARにあたるようです。

癌の患者さんを持つ家族は、もう治る手だてがないとわかってはいても、いざ命が尽きる現場に立ち会えば、受け入れがなかなかできないものです。

このDNARの話をしていなければ、直面した医師が挿管、心臓マッサージや人工呼吸器管理をせざるを得なくなります。

この話を家族にするのはとても辛いですが、いつかはしないといけないことです。患者さんをみはなすみたいなニュアンスになってしまいがちですが、患者さんのつらい思いを長引かせないということを訴え、蘇生が無意味であることを分かってもらうしかありません。

一日でも長く生きてほしい。家族にとってはその思いが強いですが、患者さん側からの立場からすればこれい以上頑張らせるのはかわいそうだということです。

倫理委員会にて

先日、当院内での倫理委員会に出席しました。いくつもの題目について、倫理委員のメンバーとして承認をしました。大学が主催する臨床実験に参加する内容であったり、がん患者登録についての承認であったり、多岐にわたる内容でした。

中でも、当院での患者さんのデータを論文にするために倫理委員会に通すといったことが必要であるといわれたことには驚きでした。患者さんの名前が知れるわけでもない、さらに前向き試験(ランダム試験)などを行っていない複数の患者さんのデータをまとめて論文にするのに倫理員会を通す必要があるのかどうか?そんなことは今まで考えたこともありませんでした。

どうも集中治療や救急の分野では「倫理委員会」を通すように言われているようで、我々外科の分野ではまだそこまで厳しく言われていません。

しかしながら時代の流れで、こうしたことが他の分野でも言われてくるのは目に見えています。ただ、単にデータをまとめて発表するのにこうした手続きを踏む必要があると言われれば、ますます論文作成に遠のいてしまいそうになります。

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