« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

吐血処置を終えて

消化管出血の急患で呼び出され、救急外来に行ったところ、アルコール性肝硬変の食道静脈瘤破裂でした。内視鏡スコープを入れるとそこは血の海。ひえ~、吸引しても吸引しても血の海は一向に減りません。そのうち血圧が下がり、ショック状態に。輸血を全開に流しながら、下部食道より内視鏡的静脈瘤結紮術(輪ゴムで静脈瘤を結紮)を10か所ほど行うと、ようやく止血できました。白衣、靴下、靴血まみれになり、帰ってお風呂に入りなおし、ほっと一息するともう夜中の1時です。

くそー、消化器内科医さえいれば、外科医が呼ばれてこんな処置をすることないのに。なまじっか、内視鏡処置ができるばっかりに呼び出されるわけです。

そんなわけで近くのコンビニでビールをかって夜中1時にやけ酒です。別に誰が悪いわけではない。これが宿命?と思い、あくせく働くしかない外科医でした。もう寝よ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

再発の恐怖

以前紹介しましたが、友人のお父さんを胃癌で手術したのですが、何とか退院にこぎつけ良かったと思っていたところ、脇腹が痛いというのでエコーをしたところ、肝臓に多発性の転移を認めました。

手術しての再発で、胃癌の場合はあまり成績が良くないため、予後的に厳しいところです。ご家族にお話ししましたが、シビアな点滴による抗がん剤治療はせず、結局、外来内服治療で経過観察することにしました 。

こういう場合、最近でもあまり告知をしないのが普通ですが、会社の社長さんで、その人しか整理ができない事柄が多いので、あえて告知することにしました 要するに残された期間をあとに処理すべき仕事に充てるためですが、こういう告知はなかなかつらいものがあります。「あとどのくらい」というのは、家族に言うのもそうですが、本人にはなかなかいいづらいものです。また、厳密に「あとどのくらい持つか」なんて実際わからないのが普通です。

今迄の経験から、同じような症例でどのくらい持ったかを少し短めに話します 。しかしながら、再発は患者さんにとっては、もちろんショックなことですが、ずっと診察してきた我々医師にとってもショッキングなことです。そうなったとき、できるだけご家族の方とよく話し合う時間をもってなるべくご希望に沿うこと、それがおたがいに後悔しない最期を迎えさせる唯一の手段だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モンスターペイシャント

先日当直をしていると、交通外傷の患者が2人救急車で搬送され、その処置を行なっているときに、喘息の患者が飛び込みでやってきて、待たされたのに腹を立て、もう一人の当直である内科の先生が、目が合った瞬間殴られ、警察に連行されました。

幸い、殴られたけがは大したことはありませんでしたが、その内容がローカルのニュースで放送されたそうです。

さらに、また別の日に、私の受け持ちの患者ですが、胃潰瘍穿孔で腹膜炎の患者が、保存的に穿孔部が閉鎖し、減圧のためのNGチューブ(鼻から胃までとおしてあるチューブ)を抜いたと同時に、食事もまだ始めていないというのに、いきなり帰ると言い出しました。責任が持てませんので、家族が来るまで待ってくださいというのをきかず帰ろうとしていたのを止めた同僚の外科医師が、頭突きと蹴りを入れられたとのことでした。

私は運よく被害にあいませんでしたが、そうした患者はあとを絶ちません。暴力をふるうとなれば警察をすぐさま呼びますが、それにいたるまでにわれわれに障害を与えられないとも限りません。医者をしていると小さいことも含めるとそういったことがたまにあります。暴力は振るわれないまでも、暴言を吐かれたりして、医者の仕事が嫌になるとこもあります。

特に救急の場においては、時間的余裕がなく、患者さんへの配慮が足りなくなることもありますが、そこは、優先順位をもってできるだけ多くの患者さんをよくしようとのことです。皆、自分を優先してほしい気持ちはわかりますが、自分の判断で我々のいうことをきかなかったりするのは、やはり自分勝手といわざるを得ず、それに加え、手薄な時に訴訟の対象となるような危機的疾患に出くわすことも救急の現場から医師が逃げ出す要因となりえます

医師不足が叫ばれている中でもこんな患者がおり、厳しい勤務状況下では、積もり積もると精神的ストレスが倍増します。こういったことは実際経験しないとわからないことで、単に医師のかずがふえても永遠に解決せず、防御あるのみか逃げ出すよりほかに手がありません。

そういった意味で運悪く被害にあわれて先生方は本当に気の毒としか言いようがありません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

家族の思い3

以前、「家族の思い」「家族の思い2」で紹介した患者さんが、地元での治療を希望され、また、当院に、こんどは救急車搬送で大学病院から戻ってきました

気管切開をして、片肺の気道は確保されていた状態でしたが、唾液が気管内に流れ込み、頻回に吸引をしないとすぐに呼吸が悪くなる状態でした。

肺炎を合併すれば致命傷になる可能性が高かったので、放射線照射のみの治療でしたが、なかなか呼吸状態が改善せず、逆に、次第に悪化していき、意識もおちていきました。そうこうしながら何とか治療は継続してできていましたが、先日、昼間に気管に露出していた腫瘍が破裂し,気管口から出血、見る見るうちにチアノーゼを来たし、10分ほどで亡くなられました。

こうなることは予想はしており、ご家族にも十分説明しておりましたが、いざとなるとやはり現実を受け入れることは困難であったようで、奥さんが取り乱される姿が印象的でした。

こうして急変されたり、急になくなられたりされた方を目の当たりにすると、結果は仕方ないとしてもそれまでご家族の方に十分な手を尽くしたのかと自問自答することがよくあります。この方の場合、早急に大学病院が引き受けてくれて、さらに治療の限界やリスクについて大学からも説明があったために、そういう事態になっても、何とかご理解が得られたのではと思いますが、ついつい忙しいのにかまけて、こうした説明やケアがなされないまま、急変されると、家族からの心象がわるくなり、不信感を募らせてしまいます。

昨日も他医で手術された乳癌の方が再発され、末期状態でありましたが、あちこちの在住のご家族の方々をよんで「末期状態で1週間くらいしか持たないでしょう」といったその4時間後に急に息を引き取りました。もちろん急変のこともお話していたので問題はなかったのですが、「まさかこんなに早く」と思うことはいくら経験を積んだ医師でもよくあることで、こればっかりは神ではありませんので、「だいたいの目安」でしか予後の予測はできません。

だいたい思っていた期間より短めに話すのが常ですが、それ以上に短い場合もよくあることで、そうならないうちに十分に説明し、ご家族に受け入れをしてもらうことも重要です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

バレンタインデー

ある程度の年齢をいくとバレンタインデーもほとんどときめきのないお決まりの儀式の日になります。病棟や外来の看護師さんから、恒例でもらうのですが、最近は、個人に1個ずつではなく、外科みんなで大きな入れ物のチョコを1個、「はいどうぞ」といってもらうことが多くなりました。

看護師さんたちも、めんどくさいけどやらないとうるさいだろうから、という感じが見え見えです。ですから「はいはい、ありがとうございます」といった感じでいただき、医局の部屋に無造作に置かれて食べ散らかされ、ホワイトデーには、一番下の医師が「バレンタインのお返しをするのでひとり千円出してください」といって、スーパーに買出しに行ってもらいます。

20台の若い時期はそれなりにときめきはありましたが、いまはなんだか慣例化し、代わり映えしない毎年の風景です。しかしながら、患者さんやその御家族にいただくチョコレートは、意外にうれしいものです。もちろん、お返しはできませんが、「感謝の気持ちです」といっていただくと、それが、70、80歳のおばあちゃんでもうれしくなってしまいます。本日は7年前に腸閉塞の手術をしたおばあちゃんの娘さんからいただきました。

手術をしたおばあちゃんはもう亡くなられたとのことですが、命を救っていただいたおかげで残りの数年間、いい親孝行ができましたというお手紙を添えてありました。手紙には生前のおばあちゃんのプリクラの写真が貼ってあり、そういえば最近外来でお見かけしないと思ったら、もう亡くなられていたんですね。患者さんが多くなると一人ひとりはなかなか覚えられなくなりましたが、こうやってお手紙をいただくと、やっぱりどんなに忙しくってもがんばらないといけないと思うこの頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京学会からの家路についています

一日のみの学会出張で、もう少しいたかったところですが、時間の許す限り、学会発表を聴きました。精力的に症例をされている都会の先生方の発表を聴くにつけ、忙しいからと言って怠けているわけにはいかないと、刺激を受けました。

しかしながら、新宿の高層ビルをみると、異次元の世界を見るようで、こんな中生活している人もいるのに感心します。

地元に帰り、まばらなビルのたたずまいを見ると、なんだかほっとしますが、あわただしい病院での勤務に戻らないといけないことを考えると憂鬱です。

それにしても、飛行機や電車移動中にいろいろ作業をしましたが、やっぱり結構はかどるもんです。普段、移動なんてしないもんですから、逆にこの時間が有効に使えると職場や自宅でじっとしている時に比べると効率がいいような気がします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

東京に来ました

日本消化管学会出席のため、東京(新宿)の京王プラザホテルにやってきました。会場も同ホテルで行われますが、パックでたのんだ割には、結構いい部屋にあたり、ラッキーです。

この「日本消化管学会」という学会は発足してまだ比較的経っていない学会で今回初めての出席となります。発表なしですが、出席がないと、認定医の申請ができないため、今回出席することにしました。

学会場に来たらできるだけ最新の情報が得られるよう、学会のパンフレットとにらめっこしながら、いくつもある会場の中から、聴きたい演題をチェックしておく必要があります

なんせ、1日しか会場に入れませんのでその中で一つでも多くのためになる情報を得る必要があるわけで、せっかく田舎から東京に出てきた意味がありません。

残してきた受け持ち患者さんのことを気にしつつ、目一杯勉強しようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

佐久総合病院 小山先生の御講演

電車に揺られること1時間、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の権威であり、フックナイフの生みの親である佐久の小山恒男先生の御講演を聞いてきました。

内視鏡治療でも有名ですが、この佐久総合病院は、地方病院でありながら、地域に密着した医療を展開し、若い臨床医が研修に多数希望する地方病院のモデルとして世界的に注目されている病院です。

内視鏡治療の最先端が長野の片田舎の病院(失礼ですね)で行われているのも驚きですが、若き医師が地域医療の研修の場として多数、研修病院として選んでいることも驚きです。

この地方病院のあるべき医療姿勢というのが、この佐久病院にあるのかもしれませんが、小山先生にじかにお話しする時間がなく、残念でありました。

これからは地方病院も大学の関連施設として、大学からの派遣を頼りにするだけではなく、地方色を出し、そこで研修したいと思わせるような魅力的な病院にしていくことが残された勤務医の使命であると思います。勤務医の疲弊を訴えるだけではなく、その場での研修で実りのある医療の質が成し遂げられると感じられれば、おのずと若い熱心な医師が集まるような気がしますが、偉そうなことを言ってもなかなかできないことではあります。

どんどん勤務する医師が減っていき、残された医師にその負担がかかる、ただ、今がその正念場であることは確かです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ゴルフのはなし

久しぶりにゴルフの打ちっぱなしの練習場に行きました。

何年も前からゴルフをしていますが、なかなか上達しない、そんなに簡単にできないからみんな目の色変えて練習するのだと思います。

ゴルフのいいところは自分で工夫しながら練習できることだと思います。ドライバーがまっすぐ飛ぶにはどうしたらいいか、これは始めた時からのテーマですが未だに確率は低いです。

ただ漠然とクラブを振っているだけでは何も上達しないので、最近は手帳持参で一つ一つチェックポイントを書きながらボールを打っています。

いかに少ない時間で、効率よく上達できるか、なかなか練習場に行く時間がないので、そんなことばかり考えています。ゴルフ雑誌もいままでかなり消費しましたので、スキャナーで自分がいいと思う記事をPDFにして残しています。

これは、英語の勉強にも言えますが、「効率」を常に考えながらいろんなことに打ち込むこと、これが最近の私のテーマです。

効率を示した書籍が最近たくさん出てますが、いろんな本を読んだ結果、手帳を利用したりして記録をすることがいいみたいです。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »