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医学博士とよばれて?

前回の「生物と無生物のあいだ」の本にも紹介されていましたが、博士号について

『博士号とかけて足の裏についた米粒と解く、そのこころはとらないとけったくそ悪いが、とっても喰えない』と先輩に聞かされていた。

私たちにとって、博士号は研究者としてスタートするための運転免許書に過ぎない

と記載されていました。

私も、大学院を卒業し、「医学博士号」を取得しましたが、これがまた何の役にも立ちません。よく、テレビにでる医者が「医学博士の○○さん」と紹介されたりとか、「医学博士」と記載された名刺をいただいたりしますが、実際のところ、その人が何の研究で医学博士になったのか、今もその研究をしているのかはなにも紹介されません。
そう考えると、わたしもりっぱな「ペーパードライバー」であり、「医学博士」とは名ばかりです。

医学部の場合、大学卒業後、4年間、学費を払って大学院に通い、博士号を習得するわけですが、大学院にいったからといってみんながみんな「医学博士」になれるわけでもなく、せっかく4年間(もしくはそれ以上)かよっても取れない人もたくさんいます。大学にも格差がありますが、大学院に行っての学位修得率は半分くらいでしょうか?

昔はさほど難しくなかったようですが、それでもその期間臨床を離れてみっちり研究する必要があり、また、以前、「お金の入った菓子折り」で紹介しましたが、担当教授に30万ほど謝礼を上げるという風習があり、それだけ苦労してとっていました。
人によってはそのまま、臨床の道を離れて研究の道で生きていく方もいらっしゃいますが、ほとんどの方がまた臨床に戻り、専門分野の仕事を行っていきます。

私の大学院の学位取得テーマは「活性酸素の代謝経路」にかかわることでしたが、これが臨床の現場ででてくることは、余りありません。しかしながら、最近はガンの発生や、老化、リュウマチなどの炎症性疾患などでよく出てくるようになり、そのつど着目しております。それでも大学院で学んだ知識はあまり出てきませんが、物事を探究していく方法論は今も非常に役に立っています。

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コメント

医学博士に限らず、薬学、理学、農学などの博士号を取得したからといって、直接的に役立っている人はほとんどいないと思います。医学部の准教授以上になるとか病院の管理職になるには博士(医学)号が必要なので、ある意味役立つかもしれません。同一学会内での発言においても、理学や農学の博士より医学博士の発言が重要視されたりする傾向もあります。(それが良い習慣とは言いませんが)
博士号をもっている人は、研究の組み立て方やまとめ方、論文の読み方、国際的な英語力といった諸能力が高レベルにあることを意味し、実社会においても対等に話せる相手かどうか判断する目安になっています。海外でも博士号を持つ来客者に対し、修士号以下の社員を差し出すのは失礼であると言われています。
医学の博士号の取得は、容易だという噂に反して、実際のところ非常に難しいということは当事者でもあるあなたなら理解できるでしょう。

たまPh.D.さん、コメントありがとうございました。ブログ凍結しておりますので、コメントいただけるなんて思ってもみませんでした。
現在勤務病院の関係で、ブログ更新を自粛しております(笑)(禁止というわけではないのですが...)。

さて、博士号取得についてですが、わたしがとったのはもうかれこれ20年前ほど前になります。いま研修医の先生が大学院に行くかどうかで相談を受けたりしますが、私は概ね「行ったほうがいいよ」といいます。理由はたまPh.D.さんのおっしゃるとおり、博士号取得は“研究の組み立て方やまとめ方、論文の読み方、国際的な英語力といった諸能力が高レベルにあることを意味”しており、医師(研究者)としての幅が広げられるからです。もちろん、大学に残って偉くなる人以外は、あまり実感しないと思いますが、少なくとも周りからはそう見られます。

価値観の問題ですが、私の場合、そのために若い時の数年は惜しくないと考えます。

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